
| 昭和14年 | 5月14日 瀬戸市にて株式会社成田鉄工所創業開始 創業者 成田兼政 就任 ![]() |
| 昭和16年 | 旭兵器製作所(現旭大隈)の協力工場となる |
| 昭和17年 | 三菱電機名古屋製作所の協力工場となり、軍需品の製造をする |
| 昭和19年 | 軍需指定工場となる |
| 昭和25年 | ローラーねじ転造盤の製造販売を開始する |
| 昭和26年 | 日本規格表示許可工場1173号となる |
| 昭和31年 | 本社工場を名古屋市矢田南4-3-22に移転完成する |
| 昭和35年 | 資本金1000万円で株式会社成田鉄工所設立 |
| 昭和36年 | 富士機工の協力工場となり自動車部品の生産を開始する |
| 昭和39年 | 国際化の幕開けに応呼し、日本ねじ協会役員となる |
| 昭和42年 | 三菱電機名古屋製作所より永年協力工場の表彰を受ける |
| 昭和44年 | 三菱電機名古屋製作所より両ねじボルトの作業改善表彰を受ける |
| 昭和45年 | 創業者成田兼政が通産省より中部精密ねじ工業協同組合役員の表彰を受ける |
| 昭和48年 | 旭大隈製2-3型冷間ヘッダー導入 |
| 昭和49年 | 三菱電機稲沢製作所永年協力工場の表彰を受ける |
| 昭和50年 | 旭大隈製2-3ヘッダー2台導入 |
| 昭和51年 | 富士機工より切削削除による単価切り下げ作業改善による表彰を受ける |
| 昭和52年 | 名古屋市長より成田兼政名古屋商工協同組合の表彰を受ける |
| 昭和53年 | 旭大隈4段型冷間ホーマー導入 |
| 昭和54年 | 富士機工より企業体質強化の協力による表彰を受ける |
| 昭和55年 | 旭大隈1-2型冷間ヘッダー導入、中島田2-3型冷間ヘッダー導入 |
| 昭和55年 | 成田兼政 中部精密ねじ工業協同組合創立30周年賞を受ける |
| 昭和56年 | 旭大隈製1-2型ヘッダーを2台導入 代表取締役 成田 吉勝 就任 ![]() |
| 昭和58年 | 阪村機械製5段型ホーマーを2台導入 |
| 昭和59年 | 富士機工より永年協力工場の表彰を受ける |
| 平成2年 | 富士機工より協力会社金賞を受賞 |
| 平成3年 | 旭大隈製2-3型冷間ヘッダー導入 |
| 平成4年 | 富士機工より協力会社銀賞を受賞 |
| 平成7年 | QA認定ラインBランク取得 |
| 平成9年 | 旭サナックより2-2型冷間高速ヘッダー導入 |
| 平成10年 | 本社を愛知県三好町に移転する |
| 平成11年 | PIA98活動銀賞を受賞コスト合理化に貢献 |
| 平成11年 | 5月 社名変更 株式会社ナリタテックとなる |
| 平成12年 | 旭サナック2-3大型冷間ヘッダー導入 |
| 平成13年 | 旭サナック2-3型冷間ヘッダー2台オーバーホール |
| 平成15年 | 品質ISO9001認証取得 登録番号:B03Q10047R0S 2003/04/01 |
| 平成16年 | 新型シート用センターシャフト開発成功 |
| 平成17年 | 環境ISO14001認証取得 登録番号:B05E10026R0S 2005/10/01 |
| 平成20年 | 電気安全中部委員会より電気保安功労者委員長表彰受賞 代表取締役 成田 誠 就任 ![]() |
| 平成21年 | 創業70周年を迎える |
| 平成22年 | 市制施行により所在地三好町からみよし市となる。また、法人化50周年を迎える |
| 平成23年 | 東日本大震災により自動車産業が大打撃を受ける |
| 平成24年 | 家具用部品開発製造開始 |
| 平成24年 | 医療・介護、及び楽器関連の部品量産化成功 |
| 平成28年 | 中部近畿産業保安監督部長賞 受賞 |
| 平成29年 | ストーブ部品開発製造開始 |
| 令和元年 | 三菱電機端子部品を開発製造開始 |
| 令和元年 | 事務用部品開発製造開始 |
| 令和1年 | 創業80周年を迎える |
| 令和4年 | SDGs登録企業となる |
| 令和5年 | 株式会社TF-METAL殿よりベストサプライヤー賞を受賞 |
| 令和6年 | インターンシップ開始 東海学園高等学校 |